
ヴェネツィア・ビエンナーレ。イタリアの都市ヴェネツィアで二年に一度開催されるその催しは、120年以上の歴史を持つ。今年は世界40ヵ国以上から現代アートを代表するアーティストたちが集った。
「PERSONAL STRUCTURES」は、ビエンナーレのサテライトイベントのひとつ。ヨーロピアン・カルチュラル・センター・イタリア(ECC Italy)が主催するコンテンポラリーアートの展覧会である。そこで、空間づくりを生業とする丹青社がサービスを提供する日本のアート・工芸のの新しいプラットフォームであるB-OWND(ビーオウンド)と、集英社マンガアートヘリテージ(SMAH)がコラボレーション展示がおこなれている。B-OWNDは、伝統工芸にルーツをもつ日本のアーティスト6名と、茶の湯を再解釈するアートコレクティブを展示。SMAHは荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』のマンガアート作品を出展。第2部と第5部で主人公たちが訪れる地の、しかも歴史的建造物である「ベンボ宮」での展示は、熱狂的ともいえる人気を集めている。
前回は、ヴェネツィア・ビエンナーレを主催するECCのディレクターであるサラ・ダニエリさん、展覧会を企画・運営したB-OWNDの石上賢さんと、マンガアートのコラボレーションを行ったSMAHの岡本正史による鼎談を行った。今回は、石上賢さんと岡本正史の対談を通じ、本展について掘り下げるともに、これから発売される荒木飛呂彦マンガアート作品集についてもお伝えしていく。対談は、集英社マンガアートヘリテージ トーキョーギャラリーのラウンジスペースにて実施された。
石上賢(写真右)
B-OWND(ビーオウンド)プロデューサー。国内外での展覧会企画やアーティストとの協業を通じ、伝統工芸の新たな見せ方を提案している。丹青社の新規事業として2019年に立ち上げられたB-OWNDは、SMAHも協業するスタートバーンのアートブロックチェーンサービスと連携し、日本の伝統工芸をアート作品として国内外に発信している。
https://www.b-ownd.com/
ヴェネツィアの歴史的建造物で『ジョジョ』のアートを展示するということ

集英社マンガアートヘリテージ・岡本正史(以下、SMAH):前回の鼎談でECCのサラ・ダニエリさんとも話しましたが、ヴェネツィアでの反響は非常に大きいものでした。会場の宮殿の前に、オープンの1時間半以上前から列が伸びていて……。
石上賢(以下、石上):開場したあとも宮殿を取り囲むように列が伸びて、1000人以上の方々が並んでいらっしゃいました。ECCのスタッフも「こんなことは初めてだ」と。
SMAH: 3時間もお待ちいただいた方もいらっしゃいましたが、大きなトラブルはなく、静かにお待ちいただいたみなさんに本当に感謝しています。
石上:作品や作家に対するリスペクトを感じました。荒木飛呂彦先生の作品を敬虔な面持ちで見入られる方や、全身でガッツポーズをするように喜ばれる方々がいらっしゃいました。スタッフの方々も「『ジョジョ』という作品のすごさは分かっていたつもりだったけど、ここまでとは」と驚かれていました。

石上:ヴェネツィアという街自体が、今回の『ジョジョ』とB-OWNDのコラボレーションの発表の場として最適だったなと改めて思っています。
ヴェネツィアは、持ち歩ける小型本(文庫本)の形式が発明された場所なんです。15世紀にドイツで発明された活版印刷は、小型本になることで大きく広まった。15世紀末から16世紀のヨーロッパで流通していた新刊のタイトルの半分近くがヴェネツィアで出版されていた、とも言われています。
マルコ・ポーロがそうであるように、地球の東の果てを目指した人たちはヴェネツィア経由で出航していた。東と西のカルチャーが交わる場所であり、表現の自由という点でも、進歩的な街でした。

SMAH:本といえば、今回の会場であるベンボ宮で暮らしたピエトロ・ベンボ(1470–1547)は、当時は貴族や学者は書き言葉としてはラテン語しか使わず、イタリア語は俗語だとされていたところに、本格的なイタリア語の文法書を初めて書き上げた人です。この人が暮らしていた、ベンボ家の紋章が床に刻まれている部屋で展示できたことを、とても光栄に思います。
「俗」とされていたものが認められていく歴史は、マンガにも通じますね。マンガは60年代・70年代には「マンガを読むと頭が悪くなる」「アートやカルチャーとはいえない」と、ひどくバッシングされていました。それが80年代以降、日本が誇るカルチャーへと徐々に評価が変わっていきました。また、右開きであるマンガが海外で翻訳出版されるとき「左開きにしないと誰も読まない」と言われていたのが、時代を経て右開きで浸透するようにもなった。そんな「正式なものとは思われていなかったものが本流になっていく」というダイナミズムが、何百年も前にヴェネツィアという場所で起きていた、というのが面白いですよね。

SMAH:『ジョジョ』のリトグラフや、レンチキュラー作品を実際にあの場所でご覧になっていかがでしたか?
石上: 僕が一番驚いたのが、レンチキュラー作品でした。シールやカードなどでその存在は知っていましたが、クオリティが違う。大きいサイズだったこともあるのか、本当に絵が飛び出てくるような、不思議な感覚がありました。マンガ、工芸、アートと色んな目的で来られた皆さんが、レンチキュラー作品の前で立ち止まって、ずっと体を左右に揺らしながら見入っているんですよ。動くと少しずつ見え方が変わっていく。アニメとマンガ、立体と平面の中間にあるような表現だと思いました。
4都市での展示を経て生まれた作品集

SMAH:実は今、この『ジョジョ』のリトグラフプリントを中心に、PERSONAL STRUCTURESの展示風景などを収録したアートプリント作品集を製作中なんです。ここに校正刷りを持ってきました。
製作にあたり荒木先生に相談したところ「邪魔にならないものにしてください」と言われました。つまり「大げさで置き場に困るようなものはやめてほしい」ということかなと理解して、できるだけシンプルで、一枚の絵のように飾れるような本を目指しました。カバーの表面にはタイトルも出版社名もなく、絵とサインのみです。

SMAH: 週刊連載は、約20ページの物語を毎週一人で考えて描いていくわけですが、荒木先生は2005年から月刊連載になったものの、そんな制作をもう40年近く続けていらっしゃいます(第7部『スティール・ボール・ラン』連載中に月刊「ウルトラジャンプ」へ移籍)。マンガとして手のなかで読んでおもしろいことはもちろん、1枚の絵としてプリント作品にしたときに新たな魅力があらわれる。途方もない力があると思います。
石上:長い歴史をもつベンボ宮の空間に、様々な工芸の作品と共に展示して、これだけの説得力があるわけですしね。

SMAH:今回、荒木先生がリトグラフの版に絵を描かれる様子を撮影させていただきました。リトグラフでは、版に描かれたものが左右反転して刷られます。そして、一度描いた線は消しゴムなどで消すことができない。なのに、鏡などを使われることもなく、一発で描いていかれる。
取材や撮影のときなど荒木先生は柔らかな話し方で、この日もにこやかに迎えていただいたのですが、机に向かわれ、「では、描きます」となった瞬間に、表情が豹変しました。まわりの空気まで張り詰める。勢いよくダーマトグラフが走り、線が伸びる。こんな緊張感を持って絵を描く仕事を、何十年も続けられてきたのだ、ということを知って、身体が震えました。

SMAH:マンガ本文のモノクロページは活版印刷で雑誌になることを前提に描かれ、製版によって白と黒がはっきりした2値データになって印刷されます。このためグラデーションは表現されないんです。それがリトグラフは、作家が描いたイメージが、そのままプリントする版になる。線のディテールや濃淡、手触りがそのまま再現される。マンガの線とはまた違う魅力があり、力強かったりシャープだったりセクシーだったりするキャラクターやスタンドの表現も、新鮮で魅力的だなと思いました。
石上:時間や天候によっても変わる会場の光や、見る角度や位置によっても、作品の見え方が変わってきますよね。本城直季さんが撮影された写真も、それぞれの場所で違う展示の光と空気を収めているようです。

SMAH:今回できあがってくる作品集は、いわゆるカタログとも、画集とも、写真集とも異なるユニークな本になります。サンフランシスコ、京都、東京を経て、このヴェネツィアでの展示が実現できたからこそ生まれたものです。4つの都市をめぐってきた展示自体の物語も楽しんでいただければと思っています。
VOL.03に続く
(文:柳澤智子 構成:大澤景 対談撮影:白井晴幸)

ヴェネツィア、サンフランシスコ、京都、東京での展示の様子を収めた作品集
荒木飛呂彦『JoJo’s Bizarre Adventure manga art exhibition / 2025-2026』
8月24日(月)11:00 本サイトで注文受付開始。
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