
ヴェネツィア・ビエンナーレ。イタリアの都市ヴェネツィアで二年に一度開催されるその催しは、120年以上の歴史を持つ。今年は世界40ヵ国以上から現代アートを代表するアーティストたちが集った。
「PERSONAL STRUCTURES」は、ビエンナーレのサテライトイベントのひとつ。ヨーロピアン・カルチュラル・センター・イタリア(ECC Italy)が主催するコンテンポラリーアートの展覧会である。そこで、空間づくりを生業とする丹青社がサービスを提供する日本のアート・工芸の新しいプラットフォームであるB-OWND(ビーオウンド)と、集英社マンガアートヘリテージ(SMAH)のコラボレーション展示がおこなれている。B-OWNDは、伝統工芸にルーツをもつ日本のアーティスト6名と、茶の湯を再解釈するアートコレクティブを展示。SMAHは荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』のマンガアート作品を出展。第2部と第5部で主人公たちが訪れる地の、しかも歴史的建造物である「ベンボ宮」での展示は、熱狂的ともいえる人気を集めている。
今回は、展覧会を企画・運営したB-OWNDの石上賢さんと、マンガアートのコラボレーションを行ったSMAHの岡本正史による対談の後半をお届けする。石上さんの本展におけるこだわりや、工芸とマンガアートの共通点について、そしてB-OWNDが9月にオープンするギャラリーについて語り合った。
石上賢(写真左)
B-OWND(ビーオウンド)プロデューサー。国内外での展覧会企画やアーティストとの協業を通じ、伝統工芸の新たな見せ方を提案している。丹青社の新規事業として2019年に立ち上げられたB-OWNDは、SMAHも協業するスタートバーンのアートブロックチェーンサービスと連携し、日本の伝統工芸をアート作品として国内外に発信している。
https://www.b-ownd.com/
今回は、展覧会を企画・運営したB-OWNDの石上賢さんと、マンガアートのコラボレーションを行ったSMAHの岡本正史による対談の後半をお届けする。石上さんの本展におけるこだわりや、工芸とマンガアートの共通点について、そしてB-OWNDが9月にオープンするギャラリーについて語り合った。
B-OWNDとSMAHの展示プランを実現するには
集英社マンガアートヘリテージ・岡本正史(以下、SMAH):先ほど、石上さんが「長い歴史をもつベンボ宮の空間に、様々な工芸作品と共に展示しても、マンガアートには説得力がある」とおっしゃいました。その展示の見せ方についてB-OWNDのディレクションを振り返ってみると、この巨大な布をくり抜いて作品を見せるプランは、最初は実現できるか微妙な状況でしたよね。
石上:ベンボ宮って700年くらい前の建物じゃないですか。壁面が現代のビルのように正確に真っ直ぐなわけではなく、曲がっているところもあるんですね。だから、工場で製造しても合わないんです。ですが、この見せ方をしたかった。そこで手段を検討した結果、現地の裁縫ができる方にミシンを会場に持ち込んでいただいて、現場で縫っていただくことになりました。
SMAH:採寸しながら、1ヶ月くらいかけてやっていただいていましたね。
石上:向こうの設営チームや運営チームもプロフェッショナルでしたね。言葉が通じなくても「次に何をしてほしいか」「何をサポートするといいか」ってノンバーバルの言語で進みますよね。

石上:同じ布の設えで茶器を置いた茶室の空間も見せています。そこには様々なイメージがあるのですが、マンガアートと工芸とが共にあるこの部屋において、どうしてもやりたい仕掛けのひとつでした。
SMAH:半透明で光が抜けてきて、障子のようでもあって……。畳の上に展示した京都・東本願寺での展示ともつながり、マンガアートの空間としてもよかったと思っています。京都では京都の、ヴェネツィアではヴェネツィアの光を浴びて、場所ごとの記憶がこの『ジョジョの奇妙な冒険』のマンガアートに蓄積されていく感じもします。


SMAH:東本願寺・白書院での展示では、樹齢100数十年の丸太を切り出して額に見立てたんですが、その丸太も持ってきたところ、重量が160〜170キロもあって、搬入用のエレベーターがないから持ち上げられない(笑)。それで、輪切りに加工して送り、階段で運び上げてもらいました。設営はSMAHとB-OWNDとで別々に進めていた部分が大きかったですが、できあがってみると、お互いの空間が違和感なくつながっていたという印象でした。
手に取る文化、記憶に残る表現——工芸とマンガの共通点

SMAH:石上さんとしては、マンガアートと工芸を展示するにあたって、ここを軸にすると面白いんじゃないかという視点はどこにあったんですか?
石上:工芸は「クラフト」と訳されて、世界的なアートマーケットでは、応用芸術(アプライドアート)というジャンルに位置づけられています。器を使用するには生活に根差した日常的な場合と、茶の湯のように非日常の極みのような場合と、両方があります。絵画や彫刻のように鑑賞を目的とするファインアートではなく、実用的な側面を持っているんですね。
一方で、マンガも大衆にすごく開かれていて、数百円でマンガが読める一方で、クリエイティブの高さは半端なものではないですよね。大衆的でありながらも、今回の『ジョジョ』のような枠組みはアートとして捉えられるし、ファインアートなのか、アプライドアートやローアートなのかといったカテゴリーそのものをはみ出しています。
工芸とマンガ。前回のサラ・ダニエリさんとの鼎談でも少し話しましたが、両者が合わさって展示されるということ自体が、日本文化を世界に発信する際にすごく面白い組み合わせになるのでは、と考えました。

SMAH:以前、大英博物館の「The Citi exhibition Manga」(2019年)のキュレーターを務めたニコル・クーリッジ・ルマニエールさんも「マンガと陶芸はとても近い」という話をされていました。「昔は、絵皿が物語を表現して伝えるメディアだった。それが人気になって焼き物として日本中に流通していって、いろんな物語を人々が読み取っていた。メディアとしてのあり方が似ている」と。ユニークな視点ですよね。
たとえばファインアートとしての西洋の絵画は、壁にかけて飾って客観的に見るもの。一方でマンガも器も、手に取るもの。石上さんが今言われたように、多くの人が読めたり使えるようにたくさん作って流通させて、手に取って読んだり、使ったりして、それがその時のシチュエーションと合わせて記憶に結びつく。マンガアートも、見る方の記憶の入り口になっているというか、自分に近いものとしても見ていただけているんだと思います。

石上:たしかに、マンガは特に個人の記憶に深く結びつきますよね。僕はこれまで生きてきてプレッシャーを感じたときに、マンガに救われたことが何度もあると思っています。たとえば登場人物が最初は弱かったり何か欠けていたりする。けれど、仲間との出会いや努力によって勝利をつかむという過程がある。「少年ジャンプ」のテーマと言われる「友情・努力・勝利」の物語に支えられた人って多いと思うんです。解釈や概念を一旦取り払って、感情にダイナミックに訴えてくる。それは、マンガだからできることですよね。
SMAH:マンガは、物語表現であるところも大きいのかもしれない。絵と文字が混ざって物語を表現していて、でも絵だけとしても見られる。いろんな物語がマンガの数だけあって、絵からその背景やキャラクターの人生を含めて読み取るといった見方ができる。それが、見てくださる観客の方自身のストーリーと結びつくこともあると思います。

石上:マンガはあくまでも、読む人を楽しませることがベースにあり続けていますよね。それもマンガ誌連載では、毎週、毎月のように、読者投票アンケートで勝ち抜いていかないといけない。そこで鍛えられたクリエイティビティがダイレクトに響くと僕は思っています。玄人好みに偏ってしまうことのあるアートの世界において、新しい可能性を持っているのではないでしょうか。
工芸の領域の拡張を目指す、B-OWNDの新しいギャラリー

SMAH:ヴェネツィアでの展示は11月まで続いていますが、9月には東京で、B-OWNDの新しいギャラリーができるんですよね。
石上:東京駅のすぐそば、八重洲に開業するTOFROM YAESUの1階です。ガラス張りの路面店で、ギャラリーにしては特殊な空間になっています。たとえば、作品を照らすスポットライトを常設していないんです。僕は、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』に描かれているような日本の昔からの建築や陰影の文化に工芸の源流があると思っているので、はっきりクリアに照らすような照明は本来、相性が良くないと考えているんです。デジタルやイマージョン(没入型)に向かう流れがある中で、その場所自体の自然な見え方を大事にする方向に振り切っていきます。
工芸は、自然素材と向き合って生まれたものでもあります。今回のギャラリーも空間自体が工芸的な作り方になっていて、自然光の明るい空間の中に、竹細工の壁で囲まれた空間を作ったんですよ。うす暗くて、物に集中できる。B-OWNDが所属する丹青社のチームが、茶室や竹細工を古典技法で再現できる宮大工さんを探してくれて実現しました。

B-OWND Gallery外観(パース)ⓒ2026 B-OWND
SMAH:パースを見ていると、カウンターテーブルもあるんですね。イベントなども行うんですか?
石上:トークイベントをやったり、プロジェクターも使ってパーティのようなこともできる場所です。工芸作品だけでなく、今回の『ジョジョ』のように、他のジャンルとのコラボレーション作品でもこの場所を活かしていきます。
もともと僕らは、工芸の領域を広げていきたいという思いがあります。 マンガと工芸の大きな違いを言うと、工芸は衰退に向かってしまっているんです。縄文時代から続く日本文化の源流のようなものが、後継者不足などを理由にひょっとしたら途絶えてしまうかもしれないというところまで来ているので、どうにか領域を拡張していかなければいけない。そのときの拡張の仕方が大事だと思っていて、マンガアートとのコラボレーションは、マンガという圧倒的な拡張性で多くの人に工芸を知ってもらえる重要な取り組みです。
SMAH:コラボレーションは、どちらが主でどちらが従ということもないものですよね。マンガアートも、さまざまなジャンルのプロフェッショナルと組んで領域を広げていくことに大きな可能性を感じています。特に、B-OWNDさんの面白いところは、作家さんたちが若いんですよ。お話をしていると、マンガにしても音楽にしても「この作品、大好きです」みたいに共通の入り口が多いなと感じます。

【新B-OWND Gallery こけら落とし展示】古賀崇洋 個展「THE UNIT OF FORCE」
石上:若いから勢いもありますし、こだわりはすごく強く持っているんですけど、コミュニケーション力も高い方たちが多いですね。
SMAH:ある意味「同志」として、お互いがいろんな技術、こだわりを持って向き合っていけるといいなと思っています。

(文:柳澤智子 構成:大澤景 対談撮影:白井晴幸)