
モノクロームの物語表現であるマンガは、その草創期から、最も原初的な印刷方式である活版印刷で刷られてきました。現在でも「週刊少年ジャンプ」をはじめとするマンガ誌は、カツリンと通称される活版輪転印刷で制作されています。一方で、かつては校正刷や少部数印刷のために頻繁に使用されていた活版「平台」印刷機は、目にすることが稀になりました。特にA2サイズの印刷が可能な活版平台印刷機は、日本でも世界でも、稼働が非常に限られたものになっています。
もともと活版印刷に最適化した表現であるマンガを、現在考えうる最高のクオリティの活版印刷で作品化できないだろうか。「週刊少年ジャンプ」の印刷を行う共同印刷の協力により、長野県の蔦友印刷株式会社で現役稼働する活版平台印刷機と、この印刷機を稼働させられる熟練のスタッフが見つかりました。1960年代に製造されたドイツ製のハイデルベルグ印刷機を用い、コットン100%のアート用紙「グムンドコットン マックスホワイト」に、強い印圧でプレスする。オフセット印刷でも、リトグラフ印刷でも、シルクスクリーン印刷でも不可能な、物理的なインパクトのある唯一無二の表面。そこに触れると、印刷面が凹んでいることが分かります。
「The Press」と名づけたプリントシリーズは、その独自の表現を評価され、GMUND AWARD 2021アート部門大賞を受賞しました。

2023年、春。蔦友印刷株式会社の事業停止の報告が入りました。
複数の会社にお願いし、活版平台印刷が可能な会社を探した結果、「東京の神楽坂でできるかもしれない」という連絡が入りました。
神楽坂のTOKYO LETTERPRESS。招き入れられた工房に、磨き上げられたハイデルベルグ活版印刷機が置かれていました。

同社の宗像宏氏が、ドイツ製のハイデルベルグ活版平台印刷機を購入したのが2022年3月。印刷機が置ける物件を探し、改装を行い、印刷機を設置。そこから本体の調整や不足していた部品の手配、新規ジグの作成を重ね、はじめてテストプリントを行なったのが2023年4月。その翌週に、我々は神楽坂の工房を訪ねたことになります。
挨拶をする我々に「集英社マンガアートヘリテージ。もちろん知っています」という宗像氏。「The Pressのニュースを見たときに『ここに活版印刷の未来がある』と思って、みんなに話したんです。この機械を購入する大きなきっかけになりました」

続けて共同印刷株式会社からも「浅草に見つかった」という連絡が入りました。こちらは日本製の機械です。工房にはオフセット印刷機と活版印刷機が並べて置かれており、オフセット印刷の上に活版印刷を重ね刷りすることが同じ場所でできるようになっています。

神楽坂の印刷機も、浅草の印刷機も、いずれも貴重な機械です。両社にテストプリントを依頼し、検証と研究を行なった結果、「The Press」シリーズを継続することが可能になりました。
これまでの長野での制作作品と区別するため、作品紹介のレーベル表示では「The Press (Tokyo)」と記載いたします。