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マンガ、アート、音楽、ブロックチェーンを語る(2)

スタートバーン 施井泰平×アナログフィッシュ下岡晃×集英社・岡本正史による鼎談。(2021年2月3日収録 / 全2回)

vol.1はこちら
マンガ、アート、音楽、ブロックチェーンを語る(1)


「マンガアート」を伝える

岡本 どうやってこのマンガアートの価値を伝えるか、コロナ禍でもあるしすごく悩んだんですよ。説明をどれだけ尽くしても「実際に見ないとわからない」と言われて。ECサイト上で販売するので「実際に」となるとすごく難しくて。そこで写真だけでなく映像も作るようになっているんですけど、そうすると今度はどうしても音の問題が出てきたんですよね。無音だとそれはそれで意味を持ってしまうし。どういう関わり方がいいんだろうかと。
下岡 すごく難しいですね。このマンガ作品のファンに訴えかけるんだったら、ベタな話ですけどアニメの主題歌を引用する方向なんでしょうけど。
岡本 うん。でも、アニメではないからね。
下岡 そうですよね。そういうことじゃないなということで考えると、飾られるであろうシチュエーションで撮って、そのときバックグラウンドで聞こえている物音とか。
岡本 ゴハン屋さんだったら食事の物音とか。この絵が見られる場所の音ってこと?
下岡 そうそう。さっき話してから、やっぱりこの絵がかかってる場所そのものに興味がいっちゃうんですよね。
岡本 少し話が変わるけど、ミュージシャンっていろんな国や場所で演奏しますよね。置かれている状況は違うけど、でも演奏しているのは同じ曲、ということはよくあるわけでしょ。そういうとき、周りの環境と音楽ってどういう関わり合いをするものなんですか?
下岡 どうなんですかね。ずーっと演奏しているから曲という単位だとすでに飽きている曲もあるし(笑)。曲の頭からお尻まで同じことをやるわけですから。それもあって、僕らはどんどん崩して演奏していますけど。でも不思議なもので、オーディエンスの力なのか、ハコの固有の音の反射なのかわからないですけど、違うものになる瞬間はやっぱりありますね。それは単純に曲や音楽という観点では語れなくて。
岡本 本は一人で読むものだし、アートも基本的には一対一で鑑賞するものだけど、音楽はライブがありますよね。たくさんのお客さんと共有して地道にファンを増やす以外に、成立する方法がないような気もするんです。昔だと一人のパトロンが「このミュージシャン好きだから俺が払うよ」ということで一気に成立することもあったのかもしれないけど。
下岡 今売れている若いミュージシャンはインターネットやソーシャルメディアと育ったいわゆるデジタルネイティブ世代で、メジャーなレコード会社に関わらなくても自分たちでできるよね、というムードがありますね。それもあって「僕は全然そういったことできないですよ」って言えない空気になってきているんですけど、僕はパトロンにお金を落としてもらって音楽だけさせてくれないと、もう無理かも(笑)。お金で俺のこの周りの雑音をぜんぶ消し去ってくれませんかって。だから、施井さんが成功することを祈ってますよ。
施井 あ、僕がパトロンになるの?(笑)

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下岡 音楽配信や著作権管理や集金システムのようなものが音楽にはついて回るんですけど、こういったものがブロックチェーンというかスタートバーン的なやり方で、より良くなる方法はないものですかね?
施井 ブロックチェーンが社会に導入されていけば、JASRACのような著作権管理団体が脱中心的になるんじゃないかという話はありますね。そうなったほうが団体もラクだと思いますし。ただ今は端境期なので10年後とかになるとわからないですね。 僕もレコード会社からご相談いただくことはあるんですけど、今のところはお断りしているんです。僕らにとって運が良かったのは「アートに投機の場所を作りましょう」っていう新しい目的だったからだと思っているんです。音楽業界は参入障壁が高いというか。儲けようとする方向性が同じなので、奪い合って乗っ取るようなことになると、全く違う政治が働くんですよ。リサーチはしてますけど、まだまだ、どうなんだろうって思いますね。
岡本 それこそ音楽やアートって、もはや境目が曖昧ですよね。施井くんの作品は特にそうだと思いますし。ひと昔前の人から見たら「どのへんが作品なの?」となるような。
施井 今でもよく言われますけどね(笑)。僕の場合は、時代を象徴するような作品というものが世に残っていくんだろうなと思っていて。この時代を象徴するものは何だろう、という方向性で、テクノロジーに影響される作品を作っています。最初の頃はオンラインのプロジェクトなどをやっていたんですけど、それをそのまま美術館に展示していてもピンとこないというか。パソコンが展示スペースにポンと置いてあっても、よくわからない。そこで、パソコンやテクノロジーを一切使わずに時代を喚起させるアート作品を作るということと、ネット上でインフラを作ることに分岐したんです。その方向性でとりあえず作品を作ったときが、m社に取材されたときですね。
岡本 ひとつが作品づくりでひとつがインフラって面白いですよね。まずアーティストから出てこない発想というか。
施井 これは後から知ったんですけど、ピカソは今のギャラリーの仕組みを作ったと言われているし、千利休も茶道具を中心としたエコシステムを作っていて。アーティストが新しいパラダイムを作ろうっていうのはだいぶ昔からある。そして、その根本には、サディスティックというか生意気な感情があるんですよね。いろんな人に「お前の作品はアートじゃない」とさんざん言われて「お前の考えるアートとは違う、俺が新しいアートだ」みたいな思いは僕にもあって。
岡本 「この空間にあるからあなたの作品は作品とみなされているけど、この空間それ自体が、今はもう違うんですよ」というような?
施井 そうそう。あなたはこの定義で、僕はこの定義ですと。生意気なだけじゃなくて、実際に時代は明らかに変わっているし、インターネットひとつとってもダイナミズムが発達してきている。美術やアートを取り巻く環境は変わってきている中でこれまでの環境下でそのまま戦い続けるのは、僕としてはなんか違うなと。
岡本 その問題を解決するためのブロックチェーンだったわけですね。
施井 アートって、やっぱりフレーミングもそうですけど、建付けがあって流通もあるんですよ。単に発信すればいいだけの話ではなくて、いろんな複雑な価値形成のプロセスがある。それを管理できなければ、発表や発信の場が民主化しただけでは意味がないなと。誰それがコレクションに入れていたとか、どこに展示されていたとか。そういったことを管理を含めて突破できる強いアーティストもいますけど、ごく一部に限られますし。そういったことを解決しようとするといろんなところを横断する必要があって、やはりひとつのプラットフォームでは無理だったんですよね。

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岡本 そういえば、ファインアートのマーケットって、最初に売り出されたギャラリーなどではなくて、転売された先のセカンダリのマーケットがほとんどなんですよね。プライマリのマーケットで扱っているのはとても少額で。
施井 うん。特殊な世界ではありますよね。プライマリは作品点数も多いし、セカンダリに行ける数が少ないから自然と市場価値も上がるということはありますけど。
岡本 出版だとプライマリなのが当たり前というか。古書市場もあるけれど、そこで高値が付くのはかなりレアケースだし。あとああいった格式の高いオークションって真贋鑑定しないことも多いんだってね。
下岡 えっ、そうなんですか。
施井 鑑定したとしても結果を公表することはしないですね。するのは来歴の調査です。ちゃんとしたギャラリーを経由しているのか、信頼できるコレクターに所有されていたのかとか。そこを調べるだけでも、偽物が混ざる可能性ってだいぶ減ると。そういう意味ではものすごくクローズドな世界なんですよね。
下岡 m社のインタビュー時に言っていましたよね。アートを決定できる場所がアメリカとロンドンにしかないのはアンフェアだからフェアにしたいって。そのとき、施井くんがすごく怒ってたんですよ。
施井 そうだっけ?(笑)
下岡 すごくその点にフラストレーションを感じてるんだなって。それで「この人すごくパンクなんだな」って思えたんですよね。
施井 うーん。でも多種ある動機に「怒り」も意外とあるかもしれないです。
岡本 アーティストの動機が怒りって、個人的にすごくいいと思います。パンクやロックのほうが信じられるし。「MA」のような仕組みをブロックチェーンで作っていくのは、やろうと思えば別のところでもできたのかもしれないけど、この企画それ自体が今までにない新しいものを作ろうというコンセプトもあるわけだから。やっぱりスタートバーンの、パンクのほうがいいですね。
施井 パンクでよかった(笑)。

アートにおける信用とは

岡本 じゃあここで施井くんに、ブロックチェーンのわかりやすい説明をお願いできますか?
施井 今の文脈だと「僕たちスタートバーンがやっているブロックチェーンとは」という切り口だとわかりやすくなるかなと思うんですけど。
岡本 お願いします。
施井 まず一部のトップに属する人しかアートを扱えないということに違和感があったんです。どうすればトップ以外の人でもアートを決定したり投機したりできるようになるのか試行錯誤して、テクノロジーを使って突き詰めていく中で出会ったのが、ブロックチェーンだった。 たとえば不動産だと、管理会社が法務局に行って国に「この土地はこの人が登記したものです」という証明をしてもらうわけですよね。国がちゃんと守っているからということで「信用」が生まれて、管理者から別の人にその土地が渡るときも、公的な記録として権利を移転させることができる。アートの世界だと、作品を登記しようと思ってもそういう場所もないので公的な「信用」を担保する術がないんですね。「信用」にはある種の公共性が必要不可欠なので、急に僕が「登記を受け付けます」と言いだしたところで誰も登記してくれないでしょうし。
岡本 なるほど。はい。
施井 でも、いろんなサービスや機関にまたがって世界中の人が関与してたり、各国の責任ある人たちが調べて判断してくれれば、公共性とともに新たな価値観による「信用」を成立させることができますよね。さらに世界中の不特定多数の人によってガバナンスやマネジメントがなされていれば、私利私欲によるデータの変更や修正もない。逆にいうと、いろんな人たちが公共の場所として扱うことができる。

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「ウィキペディア」もこの仕組みと近いイメージで運営されているんですけど、資金は運営団体への寄付金が主なので、そのお金がもし尽きたらデータは消えてしまう。ブロックチェーンは、紐づけられているデータを証明するために計算機を使って調査することでお小遣い稼ぎをしている人が世界中にたくさんいて。その人たちが「このデータは間違っていません」という証明をしてくれているんです。
岡本 「マイニング」ってやつですね。
施井 そうです。その仕組みのおかげで永続性があって。ブロックチェーンに関わっているどこかの会社が潰れたとしてもデータは消えないし、改ざんもされないと。
下岡 うーん……。
施井 こうして話してみると、やっぱり複雑ですね(笑)。
下岡 言葉ではなんとなくわかるんですけど、どういう風に存在しているのかっていうところは、いまいちわからないんですよね。施井くんはブロックチェーンを使えばアートについての問題を解決できるって思ったときから、今話したように理解できていたんですか?
施井 いえ、もう勘ですよね(笑)。知ったのは話題になるだいぶ前だったので、一緒に仕事をしていたエンジニアも詳しくなくて。自分でリファレンスを熟読して「これでいけるんじゃないか」と。まだまだ小さな可能性だったその頃に「今だ!」って全力で突っ込んだんです。
岡本 全ベットしたんですね。
施井 はい。そしたら運よく当たった、と(笑)。
岡本 (笑)
施井 予感はありましたけどね。僕は過去から現在に至るまで世界ってずっと同じ方向に進んでいる気がしていて。楽観視ではありますけど、飢餓の問題も戦争の頻度も改善していると思いますし、テクノロジーに絞って見ても広いユーザーのことを考えて進化している。インターネットも専門知識がなくても使えるしプライバシーも保護されるようになって、どんどん便利になっていますよね。そういう意味では 非常にまっすぐ進んできているので、その先にどうなっていくのか、なんとなくわかるというか。ブロックチェーンを知ったときも、きっとこうなるだろうなと。
岡本 詳しく聞けば聞くほど目が眩んでいく感じがする(笑)。直感で理解しづらいのは、アナログで比喩できないところが大きいのかな。マンガでも音楽でも、最終的には絵を紙で見るとか楽器で音を鳴らすとか、リアルなものに近づいていくけど、ブロックチェーンの話って最後まで「記号」ですよね?
施井 確かにそうですね。
岡本 実際にリアルな世界に出力されるものがないから、こうやって保証されますって言われても「じゃあどこの金庫に保管されるんだろう?」とか考えたくなっちゃう。そういうことではないっていうのはもちろんわかるんですけど。

ブロックチェーンは「実世界」に近い?

施井 なんだかんだ物理的なものは強いっていう考え方は、ずっとありますよね。昔の話ですけど、お客さんに「グーグルのサーバーが落ちたらどうするんですか?」「インターネットがなくなったらどうなるんですか?」という意地悪な質問をされたことがあったんです。逆に言うと「実世界が止まったらどうなるんですか?」という質問は一度も受けたことがなかった。でも実際には、コロナでパンデミックが起きて止まったのは実世界のほうで。今まで想定していなかったことが起こって、テクノロジーが急に問い直されていますよね。自分も考え方をアップデートしないといけない状況なんですけど。それで、ブロックチェーンを何かに例えるなら「実世界」に近いんじゃないかと思ったんです。リアルワールドというか、実存というか。
たとえば僕、家からここまでタクシーに乗って、コンビニに寄ってから来たんですけど、その行動だけでいろんな会社のサービスを通っているんですよね。タクシー会社の車に乗ってコンビニ会社の店舗に入って。これってウェブ上だと毎回ログインやサインアップをしていることと同じなんです。たくさんの企業のサービスを横断することで世界が成り立っているわけですけど、でも実世界って朝に起きたままの姿でコンビニに入れるし、サンドウィッチも買えるしタクシーにも乗れる。いちいちログインしてはいないですよね。 今はまだそれぞれの企業が自分たちでマネタイズしないといけないから、サイト上に仕組みを作ってデータを取っていますけど、本来なら必要ないんですよ。自分のデータは自分が管理できていて、いろんなサービスを知らず知らずの内に享受しているのが今の実世界。だからブロックチェーンとは何かを考える時にはデジタルの世界に実世界や現実世界の要素を組み込むことが出来るテクノロジーという風に考えると、それが一番いいメタファーとして機能するんじゃないかと。ブロックチェーンを活用することでデジタル世界がこのリアルの世界にどんどん近づいていくんだと、僕は思ってます。
下岡 なるほど。常に自分は自分であると証明し続けるものというか。
岡本 そこまで聞いてしまうと考えてしまうのが、ブロックチェーンが民主化と専制化、どちらに向いていくのかっていうところですね。自分が自分であることを証明できるということは、逆に他者から特定されるっていうことにつながるじゃないですか? 施井くんが言ったみたいに「ログインなしで便利ですよ」という方向で、総背番号制とかICチップとかが生まれたときからブロックチェーンと結びついてしまったら……というような。
施井 インターネットって監視がしやすいからみんな警戒しますけど、実世界のほうが圧倒的にプライバシーをはく奪しようと思えばできちゃう世界ですよね。実力行使というか、とにかく奪おうと思えば暴力や実力行使で奪えてしまう。実店舗の万引きの被害額ってその店の年間売上げの数%と言われていますけど、ヤフーオークションで詐欺被害に合う確率って13年前の時点で0.003%まで下がってるんです。それなのにネット取引のほうが印象は悪い。なんでそんなことになっているのか、ということと近いように思いますね。
岡本 やっぱり新しいもののほうが、リスクが高く見積もられてしまうということなんでしょうね。
下岡 あとは、今の時点で自分がそこにコミットできていない、触れていないっていうのが大きいですよね。なんだか、せっかくいろいろ聞けたのに「ブロックチェーンは要は免許証だ」みたいな話で理解しようとしてます(笑)。
施井 ごめんね、僕の説明が下手で(笑)。
下岡 これ読んだ人のブロックチェーンのイメージ、僕の理解の浅さで矮小化してしまわないか心配です……。

(構成:草見沢繁 撮影:岡本香音)

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