
「集英社マンガアートヘリテージ」スタートに合わせて、東京-マサチューセッツ-秋田の3都市を結んだZOOM座談会を実施。メンバーは、2019年に大英博物館で開催されたマンガ展「The Citi exhibition Manga」で主任キュレーターを務めたニコル・クーリッジ・ルーマニエール、「マンガ原画アーカイブセンター」を立ち上げた横手市増田まんが美術館館長の大石卓、「集英社マンガアートヘリテージ」責任者・岡本正史の3名。それぞれの視点から、マンガ、アート、そしてそれらをアーカイブしていく意味合いについて語ります。
鼎談のムービーはこちら(日本語のみ)
ニコル・クーリッジ・ルーマニエール(写真中)セインズベリー日本藝術研究所所長。イースト・アングリア大学日本美術文化教授。元・大英博物館アジア部IFACハンダ日本美術キュレーター。2019年に大英博物館で開催されたマンガ展「The Citi exhibition Manga」では、主任キュレーターを務めた。
大石卓(写真右)横手市増田まんが美術館館長。「マンガ原画アーカイブセンター」センター長。2007年より、秋田県横手市の市役所職員として増田まんが美術館の運営にたずさわる。2020年3月に早期退職し、現在は一般財団法人横手市増田まんが美術財団に所属。
横手市増田まんが美術館 公式サイトhttps://manga-museum.com/
岡本正史(写真左)株式会社集英社デジタル事業課課長。東京芸術大学美術学部卒業後、集英社に入社。女性誌〜女性誌ポータルサイトを経てマンガ制作のデジタル化に参加し集英社刊行の主要コミックスをアーカイブしデータベース運用する「Comics Digital Archives」を企画・実現。「週刊少年ジャンプ」等マンガ誌の制作環境のデジタル化を行う。「集英社マンガアートヘリテージ」プロジェクトリーダー。
マンガ原画を後世に残していくために
岡本 アーカイブのつながりのところから話したいと思います。
横手市増田まんが美術館に伺って、大石さんにアーカイブセンターを案内いただきました。そこで拝見したものも参考にさせていただきつつ、集英社では『ONE PIECE』から、原画の保管をどうしていくといいのかという、フォーマットを考え始めているところです。
(『ONE PIECE』原画)
岡本 デジタルアーカイブを作る一方で、マンガ原画がちゃんと保存されて次にバトンを渡していけるような。まずはその仕組みが必要なんだろうなと考えて、「マンガ原画アーカイブセンター」の皆さんとご相談しているわけですけれども。ただ、やっぱり僕らの日々の仕事とは、ギャップがものすごくあって。すごいスピードでマンガの原画は描かれていて、印刷所に持ち込まれて、組版製版される。もちろん僕らも原画を大切にしてはいるんですけど、その速度と、美術館ですごく丁寧に1枚ずつ保管されてる様子とは隔たりがある、というか…。うまく分業しないと、我々だけでそのすべてをやるのは不可能だよな、と思ったりもしています。そこがうまくつながるようなことを考えていきたいな、と。
一方で、日本の学芸員って「雑芸員」と言われるぐらい、いろんな仕事されるじゃないですか。大石さんは美術館の屋根の雪おろしまでされているそうですし(笑)。
大石 そうですね(笑)。
(スロープギャラリー/横手市増田まんが美術館)
岡本 大英博物館は、きっとすごく分業されてますよね?
ニコル 分業されていますけど、やっぱりいろいろやるんですよ(笑)。大英博物館って、すごく物が多くて広い。1000人ぐらい勤めているんですね。横手市増田まんが美術館も同じだと思うんですけど、例えば外部から人が来ると必ず案内しなければならないし、何か質問をされたら回答をしなければならないし、様々な仕事があります。そのなかでもやっぱり一番大事なのは、作品を大事にするということ。そして二番目は来館の人たちへのサービス。そういった仕事のなかに「雑芸員」ということがあると思うんですけど(笑)。大事だと思うんです。様々なことをやることで、自分が今大事にしている作品はどんな意味があるかとか、どういうふうに見せるのがいいかとかが理解できる。だから、まんが美術館かっこいいなと思いました!
大石 ありがとうございます(笑)。
岡本 最近は国内でも国立新美術館や森美術館など、マンガの展覧会が非常に頻繁に開かれるようになりました。そのなかで、アーカイブをしっかりと保管保存収蔵するというところに着目してみると、増田まんが美術館はすごく稀有な存在で。きちんと収蔵することに目を向けないといけないタイミングが来ているなと感じています。
(「ヒキダシステム」に展示されている原画/横手市増田まんが美術館)
マンガを製作する技術の記録も一緒に残していきたい
岡本 この前、明治大学・米沢嘉博記念図書館のヤマダトモコさんと「“価値がある”と気づいた時にはもうすでになくなっているものが多いよね」ということを話していました。約10年前、マンガに写植を貼っていた頃、校正を行うのに使用していた青焼きなんかは、毎日大量に確認して赤入れして、その後すべて廃棄していたわけです。捨てていたので、いま僕のまわりで探しても、どこにも残っていない。歴史を振り返って、青焼きがどんなものだったかっていうのを語ることはできても、その現物はもうないんです。大英博物館ですと、そういうものをずっと収蔵していくのも使命のひとつですよね?
ニコル 大英博物館の歴史は1753年から始まるのですが、19世紀の中頃から様々な考古学資料などが集められています。日本のものはだいたい1860年代から購入していて、今35000点ぐらいあるんですね。その半分は二次元で、半分は三次元のもの。マンガは大英図書館に保管されてますが、様々な学芸員の興味関心のあるところで現代の物とか昔の物とかを新たに購入していきます。例えば私だと、陶磁器が専門ですが、手榴弾について関心があるんです。
岡本 手榴弾!? あれって陶器なんですか?
ニコル 第二次世界大戦の終盤のものは陶器ですね。作られた場所によって全然違っていて、有田だと磁器で、京都だと陶器。でも陶器で作られた物はかなり破棄されているので、あんまり残ってないんです。大事な記録になるから、今こそ保存しないと。そういう意味では、青焼きと同じだと思います。様々な価値観があると思いますが、文化にとって大事なこと、時代にとって大事なことは、きちんと収集しなければならない。
岡本 学芸員がその権限と予算を持っているのは、とても素晴らしいですね。
ニコル 大英博物館もすごくお金があるというわけではないんですよ(笑)。例えば手榴弾だと、陶磁器のものはだいたい寄付です。そういえば以前、有田焼の手榴弾を飛行機の手荷物の中に入れて、持って帰ろうとしてしまったことがありました(笑)。あまり深く考えなかったんですけど、爆発はしないけど形がだめだった! お金についてはパトロンも大事ですね。様々なところにお願いしながら、集めていくという感じです。
岡本 なるほど。ニコルさんのお話って幅が広くておもしろいですね。陶磁器もそうですが、マンガはいわゆるファインアートと違って、工業や商業と密接に結びついているものなので、原画だけではなく、どうやって作るのかというプロダクションの部分も、一緒に保存していけるとおもしろいと思っていて。写植や製版フィルムや印刷機も含めて、そこに関わっているのは出版社なので、公立の美術館や学術機関と連携していけるといいんじゃないかと考えてます。
ただ、この前印刷所の人とも話してたんですが「忙しくて大変な時って記録している暇がないんですよね」って(笑)。「週刊少年ジャンプ」が過去に1番刷られていた時代は、600万部以上の部数を刷っていて、印刷機はずっと回っているわけです。その大変な現場で、落ち着いて客観的に記録する余裕はなかった、と。今マンガを作っている状況だと、組版や製版でもまだアナログな工程がギリギリ残っているので、そこも含めて残していきたいなと思っています。
(輪転機で「週刊少年ジャンプ」を印刷する様子/共同印刷グループ)
ネームやスケッチにも大きな価値がある
ニコル ちょっとひとつ聞いてもいいですか? 原画はもちろん大事ですが、原画を作る時にスケッチとかデザインをするじゃないですか? 例えば、丸とか三角とかバツを描いてたり。でもアーティストは、だいたいこういうものを捨てるでしょ?
岡本 いわゆるネームや、スケッチとかですね。
ニコル 大英博物館には、レオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチもあって、完璧なものじゃなくてドローイングと言うんですけど、これは本当にすごく大事! 日本ではあまり保管や収集がされてない気がしますが、どうですか?
岡本 今まさに編集部とそういう話もしていて。でも、現場ではそういうものがすごく大事だっていう意識がまだまだ低くて、それは多分マンガだけじゃなくてアニメとかも同じですよね。ピクサーのジョン・ラセターさんがジブリに行った時に、スタッフが捨てた絵コンテをゴミ箱から拾って持って帰ったという話を読んだことがあります(笑)。
ニコル 北斎は毎日、唐獅子を描いてたんですよ。大英博物館で北斎の専門家をしているティム・クラークから聞いた話では、毎日描いて、毎日捨てる。でもそれを集めに来る人がいたみたいで、たくさん保存されてるんです。アーティストは自分のスケッチを大体捨てちゃうから、それらを保存することが私たちの役割ですね。
岡本 そうですね。マンガ家さんによって、原画をすごく大事にされる方と、描いた後はもう興味がないですっていう方と、大きく分かれるみたいで…。やっぱり時間がたたないとアーカイブの価値が見えてこないこともあるので、そこをどうするかというのは大きな課題だと思います。この辺りは、マンガ原画アーカイブセンターの方々の方がお詳しいと思いますが、いかがですか?
大石 いろんな先生のご意見を伺う機会がありますが、マンガは読んで捨てられていく文化だと解釈する作家さんもいますし、「公費をかけてまで自分の原稿を預かってもらわなくても良い」って、はっきりおっしゃる作家さんもいます。文化の捉え方や価値観はそれぞれに違うと思いますが、僕たちはそういった資料を後世につないでいくことを役割としたいので、先生のお考えを尊重しつつも、お力添えさせてほしいというアプローチをしながらお話していきます。
あと、作品を生むために参考にした資料の保管などを行う専門のアーキビストさんっていうのは、欧米の方が進んでいますよね。僕たちは完成品である原稿を守ることに注力しているのですが、実は矢口高雄先生については、作品を生み出すに当たって使った資料などもすべて保管しています。実は、そういった研究をされている方から自発的にお声がけいただいて。僕達だけではそこまで手をかけられないので、ぜひお願いしたいですっていうことで倉庫に通ってもらって、目録作成や整理などをやっていただいてるんです。
(原画保存の様子をガラス越しに確認できる「マンガの蔵展示室」/横手市増田まんが美術館)
岡本 マンガ原画も、出版された本も、非常に劣化や退色が進みやすいんですよね。例えばカラー原画だと、染料系のインクで描かれた作品は短期間で変色していくんですが、じゃあそれを違う絵の具に変えましょうとかいう単純な話ではなくて。そうした染料系のインクが普及したからこそ生まれた表現もある。
一方で出版された本がずっとパーマネントに残り続けるかというと、これもまた難しくて。マンガのカラーの絵って一般的な出版物特殊な印刷で、基本的にはCMYK+蛍光ピンクで刷られているんです。マンガならではのフレッシュな肌色は、蛍光ピンクがないと出せない。でも、蛍光ピンクって本当に退色が早いんですね。
元の絵も、出版されたものも両方の劣化が早い中で、どうやって後世に残していくかっていうことを考えた上に、デジタルアーカイブと、今回始めるマンガアートがあります。ちゃんとしたものを作っていくことが大事なんじゃないかなと考えています。
(ベルサイユのばら「黄色いバラのマリーアントワネット」/集英社マンガアートヘリテージ)