
工程1:撮影とレタッチ
原画をPHASE ONE Cultural heritageで撮影。パソコン上で、細かな色調整やレタッチを行います。絵に使われている色やタッチを見ながら「何色でプリントするか」「プリントの順番」などを検討。全体設計、工程を決定します。
通常の印刷では、CMYKの4色の網点をかけあわせることで色彩や濃淡を表現します。コロタイプ印刷では、作品にあった特色を独自に作成し、それを木版画のように重ねて印刷していくことで作品ができあがります。今回、BLEACHのThe Millenniumには、8色を使用。データを8色に「分版」することになりました。
肌色の版など、色の版を制作する際、黒の部分をそのまま切り抜いてしまうと、奥行きのない、不自然な階調表現になってしまいます。このため、黒の部分を選択し、周りの色となじませてペイントしていく作業を行います。これにより、実際に描いた質感を感じさせる、豊かな階調表現が可能になるのです。
作業には、Macとペンタブレットを使用。色調だけではなく、質感、立体感も意識し、各色の調整を行います。
色鮮やかな染料系のマーカーを用い、白色度の高い紙に描かれた鮮やかなマンガの絵をプリントするのは、明治38年(1905年)開設の便利堂コロタイプ工房にとっても難易度が非常に高い挑戦でした。オレンジの髪の毛、肌の透明感。もともと生成りの色がある和紙に、それらを表現するため、テストが繰り返されました。
工程2:フィルムの覆い焼き
工程1で制作した分色データを、コダック社製「Flexcel NX」でネガフィルム出力。適正な状態で出力されているかをチェックします。露光を抑えたい場所には、スタビロ社のオールグラファイトの鉛筆で、ネガに直接レタッチを施します。
この後の工程4で、ネガフィルムをガラス板に重ね、露光を行います。ネガからの光の透過を見極めるには、熟練の技術が必要。露光時間が短いと版に画像が写らず、長すぎると階調が潰れて適正な印刷結果が得られなかったりするのです。
マンガの色彩表現は、一見、単純に見えます。しかし同じ画面にエッジの効いた色彩表現と、繊細でなめらかな濃淡表現の両方があり、シンプルなだけに色のにごりやギャップがすぐに分かってしまいます。大胆さと繊細さ。これらを両立させる製版は、非常に難しいものでした。
工程3:刷版の制作
コロタイプ印刷では、印刷にガラス板を使用します。大きさ1250mm×700mm、厚さ10mm。ここに感光液が入ったゼラチンを流し、版を作るのです。
コロタイプの「コロ」とは、膠(にかわ)、すなわちゼラチンのこと。感光液を含んだゼラチンが、光にあたると硬化する性質を利用しています。
まず感光液をまぜたゼラチンを作り、暗室で冷却。一晩置きます。翌日、下処理を行ったガラス面に、ゼラチンを流していきます。感光液を含むゼラチンは粘性があり、固まってムラが発生しやすくなっています。このため、ふたりで作業し、均等に塗布。埃や気泡をスポイトで取り除きます。そしてガラスを持ち上げ、左右に振っていく。こうすることで均等な厚みを持ったゼラチン版ができあがります。
再度、埃や気泡を取り除き、ゼラチン版を水平に保ったまま乾燥機に。摂氏55度で45分間加温。さらに余熱で45分間乾燥させます。常温に戻ったところで乾燥作業は終了し、暗箱に保存して露光作業に備えます。
ゼラチンは日によって状態が変化する難しい素材であり、温度や湿度の管理を徹底して安定した状態を保つ必要があります。
工程4:ゼラチン版への露光
工程2で作ったネガフィルムを、工程3で作った刷版に密着させ、紫外線で露光します。これにより、ネガフィルムの像がゼラチン版に転写されます。
ふたりで位置を確認し、ネガフィルムのトンボ(トリムマーク)を基準に露光位置を決めます。マットを敷き、真空密着を行うことで、画像がしっかりと形成されます。露光作業後、ガラス板を水中に。感光液を洗い流すことで、露光が進むことを防ぎます。水洗が終わった後、乾燥。再度、暗箱に戻し、翌日の印刷を待ちます。
工程5:印刷
いよいよ印刷。ムービーは、7色目の青を印刷している様子です。
ゼラチン版に、水、グリセリン溶液を含ませ、機械にセットします。再度、グリセリン溶液などで版を調整した後、特色を練ったインキで印刷。
印刷には、工房でもっとも大きなコロタイプ印刷機を使用。平成6年(1994年)7月、大阪の広瀬鉄工株式会社製造。1250mm×700mmのゼラチン版を設置可能。印刷時の圧力は1トンを超えます。インキは、大阪府堺市に本社を置く三星インキ株式会社により特別調合されたもの。顔料の含有率が平均60%と非常に高く、耐候、耐久性に非常に優れています。
工程4で制作したゼラチン版を、印刷現場で再び水に浸し、ゼラチンを膨張させます。こうするとゼラチンに「レチキレーション」とよばれる微細なしわが発生します。このしわにインキが入り込む量で、濃淡が表現されます。(注1)
ゼラチン版の準備が整うと、インクを乗せ、適正な調子が出るまで試し刷りを繰り返します。インクは、約40種類の中から選んだ色を調合したもの。非常に硬く、粘りがあるため、機械による自動供給が難しく、職人がヘラを使用して印刷機に直接インクを投入していきます。
1色を印刷するのに、印刷機に2回、紙を通します。これはコロタイプ印刷特有の豊かな連続階調を引き出すには、一度に濃くするより、浅く2回刷り重ねたほうがよいからです。浮世絵のように色を重ねていきながら、色調、質感、立体感を出す。紙の地色を感じ、インクの量を加減しながら濃淡を表現し、安定的な印刷を行う。
研ぎ澄まされた感覚と、熟練の技術が必要です。
注1:レンチキュレーション/コロタイプ印刷は、水と油の関係性を利用した「平版」の印刷方式ですが、レチキレーションのしわを利用することで「凹版」の特徴も兼ね備えています。ネガの白い部分(シャドウ部)は光をよく通すので、露光時にゼラチン版が硬化し、水を含まないのでインキが付着します。またレチキレーションの深い凹部には、インキがたくさん入ります。ネガの黒い部分(ハイライト部)は光を通さないのでゼラチン版が硬化せず、水を含むので油分をよくはじき、インキが付着しません。