
Manga Art (以下、MA) 集英社のラボ課でPhase One社のカメラを導入したきっかけを教えていただけますか?
小柳 もともと反射原稿のデータ化は、2000年頃から行っていました。その時に使用していたのは、フラットベッド型のスキャナーで、CREO社のEver Smart Supreme II というものです。かなりハイエンドな機種ですが、ちょうどその辺りからマンガ原稿のデータ化が増えてきたこともあって、2002年頃からは2台体制になりました。
そこから15年くらい使用していたんですが、2015年にEver Smartのサポートが終了することになったんですね。ちょうどその頃、スキャナーで取り込めるクオリティに限界も感じていて。スキャナーは、原稿に光を当てながらイメージセンサーでデータ化していく仕組みなので、白い光が反射して微妙な色合いが再現しにくいという難点があったんです。それをPhotoshopで何とか調整しようとしても、出ないものは出ない。特に少女マンガのカラー原稿の淡い部分の色合いですね。そういった課題を抱えていた時にネットでみつけたのがPhase One社のDT RGC180とRCam/ IQ180のシステムで、これだったらいけるのではないかと。
MA スキャナーからカメラに原稿の取り込みが切り替わっていくのってそんなに前ではないですよね? 2000年代のPhase Oneはどのような状況だったのでしょうか?
下田 2000年代ですと、スキャナータイプのカメラが主流で、当時は印刷会社さんで多くご利用いただいていました。その後、1シャッターで撮影できてパソコンにすぐに取り込めるカメラが出てきます。当時は600万画素からスタートしています。それが1100万画素、1600万画素となり、一般的になったのが2200万画素になった頃ですね。当時のデジタル一眼レフが800万画素、1100万画素クラスでしたので、高画素のカメラということでご採用いただいていました。
MA ラボ課がPhase Oneのカメラを使用し始めた時期だと、出版社での導入は珍しかったんですか?
下田 出版社では集英社さんは先駆けだと思います。現在、我々の製品は広告の撮影でよく使用されているんですが、いわゆるアーカイブという分野ですと、ミュージアムやライブラリーなど文化財の撮影で使用されることが多いです。
MA ミュージアムには結構入っていたのですか?
下田 そうですね。世界中でご利用いただいています。日本国内でも我々のシステムを多くご導入いただいていますね。
MA デンマークの会社なんですよね? やはりヨーロッパ辺りから広まり始めた感じですか? それとも世界のいろんなところで同時に?
下田 同時期ぐらいだと思います。当時から、文化遺産に対する取り組みに力を入れていたので、
弊社はカメラだけではなくソリューション、つまり撮影するシステムとしてのご提案が、市場のニーズに合ったのではないかと思います。複写台からカメラまで、システム全体として提案している会社は少ないので。そういう意味でもシステムとして確立していて、他にはないものだったと思います。
MA カメラだけじゃなくて、撮影用の台や照明や取り込む側のシステムを含めて、トータルで相談にのっていただける感じなんですか?
下田 DT RGC180とRCam/ IQ180っていうのは、複写台+Phase Oneのイメージセンサーを乗せる部分でできていて、そこにシュナイダー・クロイツナッハ社のレンズ、LED照明がついているという構成です。
MA ラボ課で最初に撮ってみた時の印象はどんな感じでしたか?
小柳 もうそれは、紙の地の部分がすごくきれいに出るという印象でしたね。アート紙なんかは、拡大するとエンボス状態になっていたりするのですが、その表面のテクスチャーが見た目でわかるっていう。これは通常のスキャナーだと消えてしまう部分で、色情報は残るにしてもテクスチャーは盛り込めない情報だった。なので、撮影することによってその辺がきれいに表現されているっていうのは、すばらしいなと。
ただ、当時のDT RGC180とRCam/ IQ180のシステムは、イメージセンサーとレンズシャッターという一昔前の大判カメラのような構造だったので、ピント合わせもマニュアルでフォーカシングが大変だった。2018年にはこの部分を改善してオートフォーカス化したiXGカメラシステムを導入して、作業効率が格段と上がりましたね。
下田 最初のご導入のときは、センサーがCCDタイプで、ライブビューという、映像を見ながらフォーカスを合わせる機能がコマ送りのようなシステムだったので、どうしてもフォーカスを合わせるのが難しかったかもしれません。今はセンサーがCMOSという新しいタイプになりましたので、それで実際にライブビューを使いながら、フォーカス合わせも非常にスムーズにできるようになりました。オートフォーカスの機能も搭載されたので、効率的に精度の高いフォーカスを合わせることができるようになっています。
MA 画素数の高いカメラって日進月歩で進化していると思うんですけど、Phase Oneのカメラが他社のカメラと一番違う点ってどんなところですか?
下田 やはり一番大きく違うのは、非常に高い画像品質だと思います。どんどんと新しいものが出てくる中で、今でも10年前の我々のカメラで広告写真を撮られている方もいらっしゃいます。それは、10年前の機材であっても、今の品質条件に見合った結果が出せる製品ということです。小柳さんがお話しされたように、淡いディテールなどの繊細な部分が忠実に出せる。それがPhase Oneの特徴ですね。
MA 普通のカメラと比べると、画像を受けるセンサーサイズがかなり大きいと思うんですけど、このサイズって今どれくらいの大きさのものまで世の中に存在しているんですか?
下田 みなさんが一般的に購入されるカメラの中で、Phase Oneが搭載している645フィルムサイズのセンサーが一番大型になってくると思います。単純に画素数だけではなくて、素子自体の大きさというのも非常に重要な要素です。
MA 画素数が大きくても受光のレンズが小さいと写りが全然違う、みたいな話を聞くんですけど、わかりやすくご説明いただくとどのような感じなんですか?
下田 例えば同じ600万画素のカメラでも、センサーの大きさによって、1素子の大きさが違います。つまり、光を受光できる情報量が少ないか多いかで、ディテールや色再現率が大きく変わります。従って、画素数だけではなく、受光面積が大きいというのは非常にメリットがあるということになります。
また、データの取扱量は8bitや14bitが主流ですが、Phase Oneではそれが16bitになります。どういう違いがあるかというと、16bitだと約280兆の色を扱える。14bitだと約4000 億色。色の深度が全然違うんです。
下田 さらに、御社で導入いただいているカメラは、一般的なカメラと全く違う形をしています。お客様の高い要望に応える高精度な製品を実現するために、デザインや構造を変えて複写専用にしているというのも大きな特徴です。
後から知ったんですが、iXGカメラシステムの開発者が集英社さんに訪問した際、以前導入されていたスキャナーの開発にも携わっていたと聞いて驚きました。
小柳 そう! 「このスキャナー私が作りました」と仰って、嬉しそうに写真を撮られていました。
下田 フラットベッドスキャナーのいいところも理解していますし、今ある技術でどれだけ優れた製品が作れるかというのを、両方の目線で分かっている。
小柳 同じ視点でカメラとスキャナーの両方を開発されているということで、iXGカメラシステムが出た時には、すぐに導入を決めさせていただきました。
MA スピード的にもスキャナーでやる時より生産性があがってると思うんですが、どうですか?
小柳 過去の作品を新たに撮り直す機会も多くあります。スキャナーだと高解像度のデータを作成するのにどうしても時間がかかっていましたが、カメラによる撮影ですと本当に一瞬で終わるので、そこは非常にありがたいところです。
MA それでは、下田さんにも実際に「マンガアート」の絵を見ていただこうと思います。
下田 実物を見せていただけるんですね! おお、これはすごいですね。
小柳 これは「週刊少年ジャンプ」に掲載された『ONE PIECE』のカラー原画ですね。
MA 原画サイズから拡大した「マンガアート」のプリントで、これまで見られなかった細部までご覧いただけるかと思います。
下田 インパクトが全然違いますね!
小柳 『ベルサイユのばら』は、2008年にラボ課でスキャンさせていただいていたのですが、今回改めて池田理代子プロダクションさんから原画をお借りし、Phase Oneで撮影させていただきました。少女マンガの作家さんには、大きなサイズの画面に、時間をかけて緻密な絵を描かれる方も多いですね。
MA 新しく撮影させていただいた画像をもとに、スキャン時の画像の色や、出版当時の出版物の色などをもとに復元〜レタッチを行い、プリントしています。
下田 この大きさのものをこのクオリティで見られるのが、本当に素晴らしいですね。Phase Oneのシステムがお役にたてて、嬉しいです。
(構成:岡村彩)