
本展について
本展覧会は完全日時指定制です。ご入場にはデジタルチケットが必要となります。
入場チケットは、2026年9月7日(月)11:00より一般日時予約の受付を開始します。
*チケットの取得は外部サイト「ArtSticker」にて行います。
*ご予約にはArtStickerへのアカウント登録が必要です。
*より多くのお客様にご覧いただくため、1アカウントにつき1回のみのご予約とさせていただきます。
*チケット1枚につき、大人1名と同伴者(小学生以上)1名までご入場いただけます。
*安全面および会場環境維持のため、未就学児のご入場はお断りしております。
*会場の構造上、ベビーカーおよび車椅子でのご入場はできません。
*ご予約確定後のキャンセルおよび日時変更はできません。あらかじめご了承ください。
集英社マンガアートヘリテージは、ACK(Art Collaboration Kyoto)2026にあわせ、八竹庵にて「MANGA ART × KYOTO」展を開催します。
八竹庵(旧川崎家住宅)は、京都市指定有形文化財にも登録されている和洋折衷町家建築です。1926年に、室町随一の豪商といわれた四代目・井上利助が、住宅兼商談の場として新築。2026年の今年は、築100年にあたります。
集英社もまた、2026年8月8日に創業100周年を迎えます。
本展では、八竹庵の和室や洋室にマンガアートの作品を展示。それぞれの作品世界にふさわしい制作技法や印刷技術を組み合わせたプリントを、趣のある空間のなかで、ご覧いただけます。
また一部展示作品の販売や、集英社が1949年に創刊した『おもしろブック』を田名網敬一が再創造した田名網版『おもしろブック』などの書籍、グッズの販売も行います。
※取扱グッズに関するお問い合わせにはお答えできかねます。あらかじめご了承ください。
※アーティスト名は五十音順で掲載しています。
※掲載画像は過去の展示例です。実際の展示内容とは異なります。
内観・紹介映像
本展の作家
1980年、『武装ポーカー』で第20回手塚賞に準入選し、「週刊少年ジャンプ」でデビュー。1986年から同誌で『ジョジョの奇妙な冒険』の連載をスタートする。シリーズ累計発行部数は1億2000万部を超える。2026年現在、「ウルトラジャンプ」に『The JOJOLands』を連載中。
2009年、ルーヴル美術館の企画展に参加。『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(Rohan au Louvre)を発表。2013年には、全世界のGUCCI直営店でコラボレーションワークが展開される。2018年、国立新美術館(東京)で「荒木飛呂彦原画展 JOJO 冒険の波紋」を開催。現役のマンガ家の個展が国立の美術館で開催されたのは、これが初めてである。
1967年、東京教育大学(現・筑波大学)在学中に『バラ屋敷の少女』でデビュー。1972年に「週刊マーガレット」で連載を開始した『ベルサイユのばら』がベストセラーに。1980年『オルフェウスの窓』で日本漫画家協会優秀賞を受賞。40代で音楽の道に進むことを決意し、1995年、東京音楽大学声楽科に入学。卒業後、ソプラノ歌手として舞台に立ち、オペラの演出も手がける。2009年、フランス政府からレジオン・ドヌール勲章を授与される。
1716–1800 出身地:現在の京都府
1716年、京・錦小路にあった青物問屋(野菜など生鮮食品の流通業)の長男として生まれる。家業を営みながら絵を学び、緻密な描写と画法、ユニークな構図の作品を描く。リアリスティックでありながらスーパーリアルな「群鶏図」。デジタルのビット絵のようにも見える升目描きの技法で描かれた「樹花鳥獣図屛風」などで知られる。「花卉天井図」は、若冲が80歳を過ぎて描いた天井画である。明治時代に芸艸堂(うんそうどう)により、彩色木版画『若冲画譜』としてまとめられた。
1983年、『漫画ブリッコ』6月号でデビュー。『バージン』(1985・白夜書房)、『ボーイフレンド is ベター』(1986・白泉社)、『pink』(1989・マガジンハウス)、『東京ガールズブラボー』(1993・JICC出版局)、『リバーズ・エッジ』(1994・宝島社)、『私は貴兄のオモチャなの』(1995・祥伝社)、『ヘルタースケルター』(2003・祥伝社)、『うたかたの日々』(2003・宝島社)などを発表。
『ヘルタースケルター』で第7回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第8回手塚治虫文化賞・マンガ大賞を受賞。1996年、交通事故により、作家活動を中断。2012年、映画『ヘルタースケルター』(蜷川実花監督)公開。2015年、個展「戦場のガールズ・ライフ」が東京・世田谷文学館で開かれた。
1992年、『WANTED!』で週刊少年ジャンプ・手塚賞受賞。
1997年、『ONE PIECE』の連載を開始。同年コミックス1巻発売。1999年にテレビアニメ化される。
2012年、初の展覧会『ONE PIECE展』を開催。
1992年、『WANTED!』で第44回手塚賞準入選(「月火水木金土」名義)。
1993年、『一鬼夜行』で第104回ホップ☆ステップ賞入選。
2006年、『ONE PIECE』で日本のメディア芸術100選マンガ部門選出。
2012年、『ONE PIECE』で第41回日本漫画家協会賞大賞受賞。
2018年、熊本県民栄誉賞。
1995年「漫画ホットミルク」(白夜書房)掲載『SEPTEMBER KISS』にてデビュー。「ウルトラジャンプ」(集英社)にて『天上天下』、『バイオーグ・トリニティ』(舞城王太郎と共作)、「週刊少年マガジン」(講談社)にて『エア・ギア』を連載。『エア・ギア』では第30回講談社漫画賞少年部門を受賞。アニメ、ゲームのキャラクターデザインも多数手がける。現在は「週刊少年マガジン」誌上で『化物語』(原作:西尾維新)を連載中
美術大学在籍時から模型専門誌を中心にプラモデル作例やスクラッチビルド、カラースキームなどの作図を担当。金属鋼材を用いた立体作品や、プラモデルパーツを原型にした鋳造作品を手がける彫刻家としても活動するなど、ふたつの領域をシームレスに往還している。現在は「月刊ホビージャパン」誌上でミキシングビルド/キットバッシングの手法でSFメカを制作する『MIXINGSCAPE』を連載中。
1996年『ULTRA UNHOLY HEARTED MACHINE』(「週刊少年ジャンプ増刊Summer Special」掲載)でデビュー。2001年〜2016年、「週刊少年ジャンプ」で『BLEACH』を連載。2018年、新作『BURN THE WITCH』を発表。2021年、新エピソード『BLEACH 獄頤鳴鳴篇』を公開。
2005年、『BLEACH』で第50回小学館漫画賞を受賞。2008年、コミコン・インターナショナル・インクポット賞を受賞。
1990年、『キース!!』で「週刊少年ジャンプ」第70回ホップ☆ステップ賞入選。同作でデビュー。『孤高の人』『イノサン』『イノサン Rougeルージュ』の写実的な描写で知られる。『イノサン』より、フルデジタルでの作画を行う。デジタル作画に移行したことで「何度でも描きなおせる」「表現を突き詰める」ことができ、新たな世界が開けたと話す。
『孤高の人』が第14回文化庁メディア芸術祭優秀賞受賞。『イノサン』が第17回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出、第18回手塚治虫文化賞ノミネート、マンガ大賞2015第7位。『イノサン Rougeルージュ』が第21回、第22回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出。2021年現在、「グランドジャンプ」に『#DRCL』連載中。
1936 年、東京生まれ。武蔵野美術大学を卒業。1958年日宣美特選を受賞。60年代に、アメリカのカウンターカルチャー、ポップアートの洗礼を受け、アニメーション作品からシルクスクリーン、漫画的なイラストレーション、コラージュ、実験映画、ペインティング、立体作品など、メディアやジャンルに捕われず、その境界を積極的に横断して創作活動を続けた孤高のアーティスト。アンディ・ウォーホルとの出会いに触発され、現在に至るまで「編集」というデザインの方法論を用いながら、「アートとデザイン」、「アートと商品」、「日常の美」、「大衆とアート」といった今日の現代美術が抱える主要な命題に対して実験的な挑戦を試み続けた。その半世紀以上の創作活動を通して、戦後の日本を代表するPOP ARTの先駆者の一人として、世界的に高い評価を得ている。近年の田名網の主要な展覧会として、回顧展 「田名網敬一 記憶の冒険」(2024年、国立新美術館、東京)、「TANAAMI!! AKATSUKA!! That’ s All Right!!」(2023年、PARCO MUSEUM TOKYO、東京)、「世界を映す鏡」(2020年、Nanzuka Underground、東京)、個展「TOKYO POP UNDERGROUND」(2019年、Jeffrey Deitch、NY)、「Keiichi Tanaami」(2019年、Kunstmuseum Luzern、ルツェルン、スイス)、「The World Goes Pop」(2015年、Tate Modern、ロンドン、イギリス)、「International Pop」(2015年、Walker Art Center、ミネアポリス)など多数。また、MoMA( ニューヨーク )、Walker Art Center (ミネアポリス)、シカゴ美術館、M+(香港)、National Portrait Gallery (スミソニアン博物館、ワシントン )、ハンブルガー・バーンホフ現代美術館 (ベルリン )などのパーマネントコレクションに収蔵されている。
1967年『目明しポリ吉』(「ぼくら」掲載)でデビュー。1968年『ハレンチ学園』を「週刊少年ジャンプ」で連載開始。社会現象となる。1972年にはテレビアニメーションの企画と同時並行し『デビルマン』を「週刊少年マガジン」に、『マジンガーZ』を「週刊少年ジャンプ」に連載する。1973年には『キューティーハニー』を「週刊少年チャンピオン」で連載。ギャグ・コメディからダークファンタジー、SF、ホラーなどその作品は多岐にわたる。2024年現在も連載作品を持つ。2019年には、フランス政府から芸術文化勲章(シュヴァリエ)を授与された。
展覧会情報